SINCE 1922
百年の、町の酒屋
1922年の創業から、今年で104年目です。
- 1922
よろず屋として、創業
始めたのは、今の店主の祖父・相原新三郎さん。仙台・荒町にあった造り酒屋「森民酒造」で、お酒の作り手として働いていました。
そこで学んだことを活かして、自分の店を。お酒のほか、砂糖、味噌、塩、薪、炭など、暮らしに欠かせないものを売るお店でした。
- むかし
瓶を持って、量り売り
お酒は、お客さんが持ってきた瓶に詰めて売っていました。阿部勘・浦霞・一ノ蔵とのおつきあいは、このころからです。
- むかし
錦町が、商店街だったころ
となりは肉屋さん、その先に花屋さん、米屋さん。角には魚屋さん。桶屋さんや豆腐屋さんもありました。今はほとんどが駐車場になりましたが、相原商店は同じ場所で続いています。
- 1997
ドラフト・マネージャーに
3代目の誠一さんが、キリンの「ドラフト・マネージャー」の講座を修了。おいしい樽生ビールを出すための勉強です。
- 2011
震災。店先で、生ビールを
東日本大震災で、建物は大きな被害を受けました。お店をやめるか、悩んだそうです。
プレハブで営業を続けながら、疲れていた近所の方に「生ビールで元気になってほしい」と、店先にテーブルを出してふるまいました。みんなが食べ物や飲み物を持ち寄って、気づけば地域の人が集まる場所に。これが、立呑どころの始まりです。
- 2013
新しいお店と、立呑どころ
建て直したお店に、気取らず気軽に寄れるカウンターを作りました。夕方五時からの「立呑どころ」です。
- 火曜会
全国からの、支援の方々
震災のあと、全国から復興支援に来た方々が、毎週火曜日にカウンターに集まりました。「火曜会」は5年ほど続きました。
兵庫から来た方は、阪神・淡路大震災のときに宮城から助けてもらった恩返しにと、一番に手を挙げてくれた方。今も毎年12月に、会いに来てくれます。

お店に集まったみなさん(イラスト) - 寄席
落語と音楽の夜も
お店の棚を片づけて、高座を作り、落語の寄席を開いたこともあります。音楽を聴く夜もありました。

お店で開いた落語の寄席(イラスト) - いま
町の、寄りどころとして
今も夕方五時から、カウンターでお待ちしています。「来てくださるだけで、本当にありがたい」。